karin 徒然日記

日々の心の想いを綴ります

自分のご機嫌

 

 

 

自分のご機嫌を取れない人がいる

 

哀れで、可哀そうと、心から思う

 

 

自分が不機嫌であれば

周りが気を遣ってくれると

信じてやまないのか

 

そうして

今までの長い人生を歩んできたからなのか

それとも、

弱い者に対しては

どんな卑劣な行動をしてもいいと

確信を持っているのか・・・

 

 

本当に可哀そう

 

 

人生、長い人生を生きてきて

そのとどのつまり

というか

その行く末が、こんな哀れな心なんだと

思うと

 

 

残念だよね

 

 

 

相手をとことん意地悪して

気持ちいいのか・・・

 

そんな年齢で・・・

 

自分の心の範囲が狭すぎる

 

 

酷いなって思うけど

 

 

私は、救わない

 

 

本当に

 

 

勘弁してほしい

 

 

 

そんな事して楽しいのであれば

そんな日常で満足するのであれば

好きなだけそうしていればいい

 

 

狭い世界の中で

 

お山の大将は

気持ちがいいだろう

 

 

というか

自分の範囲が狭すぎて

 

 

私からしたら

ゲンナリだ

 

 

女々しい

 

 

こういう人って

いるから

今までも、そういう人いたけど

 

 

なんか捻くれていて

残念でしかないんだよね

 

 

誰からも注意もされないし

そういう人は

関係を断っているしね

 

 

なら、自分一人で

生きればいいじゃん

 

 

どこにも行けないで

人のことには口出して

 

 

頭も使わないで

 

 

衰えてゆくだけだと思うけれど

 

 

案外そういう人が

大往生??

 

 

まぁ、いいよ

好きにしてもらって

 

 

あのさ、

この世で、する事じゃないよね

 

 

残り少なくなった

人生を

もっと考えてみたらいいと思うけれど

 

 

 

我良しが

どれほどの打撃を自分に与えてしまっているか

わからないのであろう

 

 

 

私は

絶対に、一切救わない

 

 

そういう人って

結局

自滅、淘汰されるしかないんだよね

 

 

いい気になって

生きていて

楽しいのであれば

 

 

そのままどうぞ

 

 

 

 

あぁ、久しぶりに腹が立った

 

 

 

 

 

電話の声

 

 

 

新卒で入社した会社

某商社で数年間勤務した

 

その時に、同じ部署で

秘書課から異動になってきた

大先輩がいらした

 

 

キレッキレの方で

仕事はできるが、厳しい方だった

 

20歳くらい先輩だったので

何から何まで

見習って、教わって過ごしていた

 

 

厳しいが故に、社内では

誰彼からも敬遠されていた

 

 

でも、私は、一緒に仕事をしていた

 

嫌な部分ももちろんたくさんあったが

 

 

それでもなんだろう

どこかで通じるものがあったのだろうと

思う

 

 

もう、

30年近く経つが

 

 

今でも、繋がっている

 

 

年賀状のみになってしまったり

していたが

 

 

あるきっかけで

連絡が取れた

 

 

久しぶりに聞く

先輩の声

 

 

あぁ、あぁ、変わらない!!!

その声!

 

 

話し方も、その癖も

一緒で

嬉しくなった

 

 

当時、社内では

本当に、問題児ではないけれど

 

ひと癖もふた癖もある先輩は

なにかと注目の的であった

 

 

社内でも、ひときわ厳しい部署にいたので

キレッキレの人材しかいなかったから

余計か

 

 

でもね、

こうして

今でも繋がっているということは

 

 

どこかで

周波数が響き合っているのだと感じる

 

 

 

心の

優しさの部分や

気遣いの部分、

思い遣りの部分が

響き合うのだ

 

 

よくわかる

 

 

 

何十年経とうと

その声の向こうにある

 

人間性が伝わってくるのだ

 

 

 

そういうの大事

 

 

 

人として大事なところは

失ってはいけない

 

 

 

いつもありがとう

 

 

 

先輩!

 

 

 

また、声を聴かせてください!

 

 

 

 

 

きっと、塞翁が馬・・・

 

 

 

引越しをした

もう、人生で最後の

(おそらく)

そうか、老人ホームとかもあるか・・・

 

 

しかし、現在の所は

ここで終焉と考える

 

 

綺麗な最新のマンションに住んでみたかったが

そうはならない

 

 

だが、

住める場所があれば

ありがたいし

充分である

 

 

引越しは久しぶりで

なかなか覚悟がいることだった

 

 

とりわけ、病気を気にして

いちいち動かなければならない

 

 

迷惑にならないように

迷惑かけないでねとも

言われている

 

 

わかっているさ、そんなこと

 

 

家族で過ごした数十年もの荷物たち

 

 

一度、コロナ前だったが

GWがたまたま仕事の連休になった際に

ほぼほぼ処分していたのが幸いだった

 

 

そして、

今回

要らないものも、いるかなぁ~と

思うものも

処分した

 

 

もう、要らない

 

 

大事だと思っていたものは

さほど大事ではなかった

 

 

もう、要らない

というものがほとんどだった

 

 

過去の想い出も

もう、要らなかった

 

 

洋服たち・・・

残ったものは、きちんとした

高価なものだけになった

 

これで充分だ

 

 

もう、要らない

 

 

写真も、ほぼ処分

 

 

そんなことできないという人は多く

よく聞くが

 

 

私にとっては、

悪魔のような過去のものは

何一ついらないものである

 

 

もう、要らない

 

 

人生は

たとえ病気があっても

生きられる間は

生きてみる

 

 

私には

もう

家族はいないので

どうにか一人で

生きてゆくしかない

 

 

最期まで

 

 

どうにかして

 

 

 

亡くなった後の始末の大変さは

親の時に経験している

とてもじゃないけれど

重荷になることは避けたい

 

 

荷物は最低限

必要書類はまとめる

 

使っていないものは

解約する

 

 

今も、徐々に

手続きを進めている

 

 

お金がないのであれば

長生きはしないで欲しいと

言われている

 

 

ごもっともだ

仰るとおりだ

 

 

人生100年なんて

恐ろしすぎる

 

 

ただ、

今の病気の寿命は

平均より15年も短い

 

 

ちょっとどうかと思ったが

今冷静に思うと

丁度良い

 

 

仲の良かった友人が

闘病の末に亡くなるという連絡があった

 

 

同じだ

 

 

 

懸命に生きても

寿命はある

 

 

病気が功を奏して

長生きを阻む

 

 

それはそれでいいのかもしれない

 

 

知り合いは、

あと10年生きても

日本がいい世の中になっているとは

思えないよ

 

 

と言う

 

 

 

そして、あと10年で

日本で安楽死ができるようにはなっていないと

言う

 

 

そうだよな

 

 

 

ならば

もう覚悟を決めて

生ききるしかない

 

 

 

今回、引っ越すことになったが

これでいいのかとも思うし

こういう結末だったか

とも思う

 

 

本当に

いい事なんか

ひとつもない

人生であったけれど

 

 

今回は

それが私の人生だ

 

 

だからといって

やさぐれて、不満だらけでは

生きていない

 

 

出来ることをして

可能な限りに真摯に

多くの事柄に感謝をして

 

 

かかわりのあった方々には

できる限りのお礼の気持ちを伝えて

 

 

 

最期が来るまで

生ききるしかないのである

 

 

 

引越しは

いい機会であった

 

 

場所を動くというのは

いいことであると思う

 

 

いろいろあって

難しい事ばかりだけれど

 

 

それでも

私は、懸命にやってきた

 

 

それだけでいいと思っている

 

 

 

誰にも褒められたり、認められたりはしなかった

けれど

 

 

最後の最後の時に・・・

 

 

 

頑張りました!と言えるようでありたい

 

 

 

 

ものすごく

滅入るばかりで

 

本当に情けなくて

哀しくて

虚しい人生であった

 

 

 

それでも

それでもだ

 

 

 

そういう中でも

 

 

 

生きるしかない人もいる

 

 

 

 

たくさんのありがとうを思って

生き抜きたい

 

 

 

自分勝手な、身勝手な

傍若無人な

 

 

 

そんなのは

まっぴらだ

 

 

 

 

きつい事ばかりだけれど

 

結果オーライ!と

 

 

そう思えるようにしていきたい

 

 

 

がんばれ、アタシ

 

 

 

独りだけど、がんばれ

 

 

 

 

アタシ

 

 

 

 

 

 

 

いつもの事だけど・・・

 

 

 

まぁ、いつもの事なんだけど・・・

 

前向きになれない

 

ぜんぜんなれない

 

 

もう、いや

 

 

なにもかも疲れた

 

 

参ったな

 

 

何でいつも落ち込むばかり

 

 

元気になれないなぁ

 

 

 

でも

 

 

そういう時もあって

 

 

いろいろだ

 

 

 

丁寧に、真摯に

 

 

生きてゆこう

 

 

 

それだけだ

 

 

 

 

 

月日の流れ

 

 

コロナ禍以降

人生は

大きく転換した

そんな人、たくさんおる

と

思われるかもしれない

しかし、実際に降りかかってくると

恐ろしく惨めだ

抗えないものであるけれど

 

やはり

キツイ

 

それでも

よくここまで生きたと思う

それだけでいい

 

もう、

良い方向へ進もうとか

考えることはできない

 

あとは

終わるだけ

 

きちんと

私の人生を

終える準備を

してゆこう

 

つい先日

そんなに長生きしたいの?

こんな世の中で

 

と

突きつけられた

 

やはり

長生きはしてはいけないのだと

心底思った

 

 

お金があればいいけど

ないでしょ

 

あと10年経っても

世の中はいい方向になんか

動いていないよ

 

と

 

 

そうだ

病気になって

あと

10年と考えるようにと

言われてきた

 

 

じわじわと

迫りくる

 

 

終わりを

しっかりしないと

 

 

いつかは終る

そんな先ではない

 

 

しっかり

しないと

 

 

 

 

コロナ禍以降は

 

 

知り合いの訃報が届く

 

当たり前だが、突然の知らせ

 

えっ?という気持ちと

 

あぁ・・・という気持ち

 

 

闘病していたから

 

 

 

コロナ禍では、自身の親族もそうだったが

 

家族葬になり、

 

 

それも随分と簡略されたもの

 

 

親族も

 

 

コロナ禍の間に

 

 

次々と他界し

 

 

親族以外の葬儀とは

 

 

離れていた

 

 

 

この度の、知り合いの逝去に関しては

 

 

葬儀の案内があった

 

 

 

生前、係わりがあった方でしたので

 

 

参列させていただくことにした

 

 

 

供花がたくさん・・・

 

 

若くして逝ってしまった

 

 

 

寂しい

 

 

 

今年こそ会おうねと

 

 

あれだけ言っていたのに・・・

 

 

 

会えなかったね

 

 

 

最期のご挨拶に

 

 

伺って

 

 

お礼をしてこよう

 

 

 

 

周りの人たちの

 

 

死は、身近になってきている

 

 

 

会いたい人には

 

 

 

会いに行かないと

 

 

 

と

 

 

 

強く思った

 

 

 

そう思ってきたけれど、

 

 

まだいいやってなっていて

 

 

 

まだいいやではいけないんだって

 

 

 

命には限りがある

 

 

 

そして

 

 

 

それはいつ訪れるかわからない

 

 

 

いつ死んでも

 

 

と

 

 

 

思いながら生きているけれど

 

 

 

やっぱり怖い

 

 

 

1型糖尿病の平均寿命を確認する

 

 

あと

 

 

10年しかない

 

 

 

しっかりしないと

 

 

 

ちゃんと生きたい

 

 

 

 

毎日、毎日、死が近づいている

 

 

 

 

いろいろな人の最期をみてきた

 

 

 

覚悟を決めて

 

 

 

生きていこう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張り過ぎないでいいかな

 

 

 

2か月毎に大学病院で

「1型糖尿病」の診察がある

 

費用は、インスリン、針、消毒綿、リブレ2など

いろいろコミコミで2万円

 

これが結構キツイ

 

このために

命がけで仕事をしているようだ

 

そして

糖質や、食事制限がある程度はある

1型で、インスリン打ってれば

なんだって食べられるんでしょ?

 

と

よく言われるセリフ

 

 

じゃぁ、やってみれば?と

 

ついつい思ってしまう

 

 

毎食前のインスリン、眠前のインスリン

欠かせない

 

そして

突如襲われる低血糖

 

 

これがキツイ

 

 

日中も大変だけど

夜間低血糖も

それも怖い

 

リブレ2装着で

高血糖、低血糖時にはアラームが

鳴るけれど

 

気付かずに

そのままだった場合

 

 

もうこの世には戻って来られない

 

 

 

朝起きた時に

計測値を確認して

 

ヤバい!!なんてことは

よくあるが

 

 

これ、本当に恐ろしい

 

 

低血糖になると

まず、動けない

 

手は震え、立ち上がることもできない

 

 

なので

枕元にはブドウ糖は必須である

 

 

低血糖で

意識不明になって

倒れてしまうことは

よくある事で

 

 

その場合は、迷わず

救急でお願いしなければならない

 

 

でも

おそらく

自分で呼べるかな?とか

思う

 

 

一人で、

夜中の低血糖と闘っている時でさえ

家族に声を掛けることもできないのだ

 

 

そして

これは

気を付けていても

本当に、予想がつかないので

どうにもならない

 

 

何で今?みたいなタイミングが多い

 

 

しかも、

低血糖になると

ぐんぐん血糖値が下がってしまうので

恐ろしい

 

 

慌ててブドウ糖を含んでも

すぐに回復はしないので

数十分・・・ひたすら待つしかない

 

 

そして、

何かあれば困るので

外出時の荷物が多いこと、多いコト

 

 

インスリン、それに付随する針、消毒綿

ブドウ糖はもちろん

 

 

血糖値を測定するための器具もろもろ

 

 

水筒なども必需品

 

 

というのを

もう数年・・・

 

 

大変だよなと

思っている

 

 

特に夏場は、インスリンを

保冷剤と共に

保冷袋に入れて持ち歩かなくてはならないので

 

 

それもまた・・・どうよ?

 

 

 

でもまぁ、

生きる為

 

 

仕方ない

 

 

謎の「1型糖尿病」

 

 

 

未だに不明な事ばかり

 

 

 

そして、相変わらず安定しない血糖値

 

 

 

と

 

 

 

毎日、やれやれって思いながら生きている

 

 

 

 

病気のコト、あれこれ

noteで書いています

 

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