karin 徒然日記

日々の心の想いを綴ります

コロナ禍以降は

 

 

知り合いの訃報が届く

 

当たり前だが、突然の知らせ

 

えっ?という気持ちと

 

あぁ・・・という気持ち

 

 

闘病していたから

 

 

 

コロナ禍では、自身の親族もそうだったが

 

家族葬になり、

 

 

それも随分と簡略されたもの

 

 

親族も

 

 

コロナ禍の間に

 

 

次々と他界し

 

 

親族以外の葬儀とは

 

 

離れていた

 

 

 

この度の、知り合いの逝去に関しては

 

 

葬儀の案内があった

 

 

 

生前、係わりがあった方でしたので

 

 

参列させていただくことにした

 

 

 

供花がたくさん・・・

 

 

若くして逝ってしまった

 

 

 

寂しい

 

 

 

今年こそ会おうねと

 

 

あれだけ言っていたのに・・・

 

 

 

会えなかったね

 

 

 

最期のご挨拶に

 

 

伺って

 

 

お礼をしてこよう

 

 

 

 

周りの人たちの

 

 

死は、身近になってきている

 

 

 

会いたい人には

 

 

 

会いに行かないと

 

 

 

 

 

 

強く思った

 

 

 

そう思ってきたけれど、

 

 

まだいいやってなっていて

 

 

 

まだいいやではいけないんだって

 

 

 

命には限りがある

 

 

 

そして

 

 

 

それはいつ訪れるかわからない

 

 

 

いつ死んでも

 

 

 

 

 

思いながら生きているけれど

 

 

 

やっぱり怖い

 

 

 

1型糖尿病の平均寿命を確認する

 

 

あと

 

 

10年しかない

 

 

 

しっかりしないと

 

 

 

ちゃんと生きたい

 

 

 

 

毎日、毎日、死が近づいている

 

 

 

 

いろいろな人の最期をみてきた

 

 

 

覚悟を決めて

 

 

 

生きていこう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張り過ぎないでいいかな

 

 

 

2か月毎に大学病院で

「1型糖尿病」の診察がある

 

費用は、インスリン、針、消毒綿、リブレ2など

いろいろコミコミで2万円

 

これが結構キツイ

 

このために

命がけで仕事をしているようだ

 

そして

糖質や、食事制限がある程度はある

1型で、インスリン打ってれば

なんだって食べられるんでしょ?

 

よく言われるセリフ

 

 

じゃぁ、やってみれば?と

 

ついつい思ってしまう

 

 

毎食前のインスリン、眠前のインスリン

欠かせない

 

そして

突如襲われる低血糖

 

 

これがキツイ

 

 

日中も大変だけど

夜間低血糖も

それも怖い

 

リブレ2装着で

高血糖、低血糖時にはアラームが

鳴るけれど

 

気付かずに

そのままだった場合

 

 

もうこの世には戻って来られない

 

 

 

朝起きた時に

計測値を確認して

 

ヤバい!!なんてことは

よくあるが

 

 

これ、本当に恐ろしい

 

 

低血糖になると

まず、動けない

 

手は震え、立ち上がることもできない

 

 

なので

枕元にはブドウ糖は必須である

 

 

低血糖で

意識不明になって

倒れてしまうことは

よくある事で

 

 

その場合は、迷わず

救急でお願いしなければならない

 

 

でも

おそらく

自分で呼べるかな?とか

思う

 

 

一人で、

夜中の低血糖と闘っている時でさえ

家族に声を掛けることもできないのだ

 

 

そして

これは

気を付けていても

本当に、予想がつかないので

どうにもならない

 

 

何で今?みたいなタイミングが多い

 

 

しかも、

低血糖になると

ぐんぐん血糖値が下がってしまうので

恐ろしい

 

 

慌ててブドウ糖を含んでも

すぐに回復はしないので

数十分・・・ひたすら待つしかない

 

 

そして、

何かあれば困るので

外出時の荷物が多いこと、多いコト

 

 

インスリン、それに付随する針、消毒綿

ブドウ糖はもちろん

 

 

血糖値を測定するための器具もろもろ

 

 

水筒なども必需品

 

 

というのを

もう数年・・・

 

 

大変だよなと

思っている

 

 

特に夏場は、インスリンを

保冷剤と共に

保冷袋に入れて持ち歩かなくてはならないので

 

 

それもまた・・・どうよ?

 

 

 

でもまぁ、

生きる為

 

 

仕方ない

 

 

謎の「1型糖尿病」

 

 

 

未だに不明な事ばかり

 

 

 

そして、相変わらず安定しない血糖値

 

 

 

 

 

 

毎日、やれやれって思いながら生きている

 

 

 

 

病気のコト、あれこれ

noteで書いています

 

note.com

 

 

 

 

 

22年?23年?ぶり・・・!

 

 

 

ある日、

1通の手紙が届いた

 

子供が幼稚園時代の

ママ友からでした

 

えっ?なんで?今?手紙??

何???

 

 

疎遠になり、

年賀状だけのお付き合いになってしまっていました

 

年齢が重なり

お互いの両親の逝去が立て続けにあり

年賀状自体も

何年もご無沙汰になってしまっていて

 

年賀状仕舞いでもいいかと

考えていた矢先でした

 

もう

どうしようもない

もう会えないし・・・

 

こうして

縁は消えていくのかと

思っていた

 

仕方ないか

今更・・・

 

 

そんな時に

手紙が来たのです

何かあったのかと

心配した

 

 

恐る恐る封を開ける

 

 

そこには

年賀状だけの連絡となっていたが

できれば

是非会いたいと書かれていました

このまま疎遠になってしまうのは寂しいと・・・

そして、

メールのアドレスが記載されていました

 

 

驚きと同時に

嬉しくなってしまい

何度も何度も読み返しました

 

 

何度も・・・

 

 

そして

アドレス先へ連絡をしました

 

 

 

子供たちが幼稚園の頃は

まだ携帯もさほど普及していなくて

私は、仕事をしていたので

携帯は持っていましたが

ほとんどのママたちは持ち合わせていなくて

連絡先は

専ら自宅電話でした

もしくは、自宅PCからのEmail

もしくは、FAX(笑)

 

 

いつ頃から?一人一台時代になったのって・・・

 

 

私は

人との付き合いとか、グループとかが

苦手なナノで、そういった集団に係わる時代に

スマホがなくてよかったと

今でも思います

 

 

職場でも、

自分から、連絡先教えてとは言いません

知らなくても大丈夫です

 

 

 

あっ、脱線してしまった

 

 

んで、

連絡をしてみると・・・お返事がきました

 

 

会えるのか?

心配でした

 

 

そして、会って、わかるのか?

老齢になった人物をお互いに認識できるのか?

 

 

お約束した日が来ました

早めに行って、カフェのお席を確保しておくね!

と言い

早めに到着、

お店の奥のすみっこの席を確保!!

おしっ、どこに座っていて、こんな服を着ていて

髪型は、こんなんで、わかりやすいように

頭にサングラス乗っけてます!!と

真剣にスマホと格闘中に・・・

ん?何やら人影が・・・

 

目の前にかわいらしい女性が立っています

 

 

へっ?

えっ!

えぇぇ!!

なんで??

今、どこに座っているかメール書いてたの・・・よぉ

 

 

「すぐわかったよ!」と、あっさり

 

へっ?そうだった?

 

 

そして

あまりにも変わらないその可愛さに

「そのままなんだけど・・・」と口にしていました

 

 

最初こそ、ご無沙汰しています

なんて他人行儀だったのですが

 

まぁまぁ話は尽きない尽きない・・・

あっという間に、3時間・・・

「2件目行く?」

カフェのはしご2件目行く途中、

少し新緑の中を歩いてお散歩

 

ずーーーっと喋ってて

あっという間に夕方

23年の空白は、埋まらない

 

 

こんな風に再会できる日が来るとは

思っていなかった

はるか遠い日の子供たちと一緒に過ごした

仲間

 

 

それぞれの子供達も大きくなり

私たちは年齢を重ね・・・

親を一人見送り・・・二人見送り・・・

 

 

そんな長い日々が流れても

また会おうねと言える日が来るなんて

幸せ過ぎる

 

繋がっている

縁は、切れない

 

 

苦しい事も、辛い事も

お互いにそれぞれたくさんあって

私たち、相当な難局を乗り越えてきたよね

 

なんて話した

その通りだと思う

 

 

誰にも理解をされない

病気についても、少し話したけど

あっさりと受け入れてくれた

そして、その対処法までご存じで

呆気にとられた

 

こんなことあるのか・・・と

思った

 

 

お手紙から始まった

再会

 

嬉しさ1000倍!

 

 

また会う約束をした

そして・・・これからは

子供たちを連れてではなく

 

分かり合える

気遣える仲のお友達として

これから進んでいこう

 

 

楽しんでいこうね!と何度も話した

 

 

そうだ、楽しんでいこう

 

 

 

嬉しくて、たまらなくて・・・

仕事も家事も手につかないぜ

 

 

 

 

日常に

無理やり脳を巻き戻して

さぁ、始めましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前を向いてみるか・・・

 

 

ほぼ、だいたい、いつも、通常が

後ろ向きなんですが、

 

ちょっと前を向いてみようかと

思ったりして・・・

 

いろいろある毎日

なんでこんなに次から次へと

続いてくるんだ!!

 

挫けます

 

 

でも、

なんか

いろいろありすぎて

思考が追い付かなくて・・・

 

 

まぁ、いいかと

思った次第で

 

諦めなのか?

 

 

で、

疲れ果てて

 

人生ってこんなに疲れるの?と

思いつつも

 

 

でも、生ききるしかないから・・・

 

 

躓くけれど、

それでいろいろ考えるし

良い方向へ向かいたい気持ちがあるから

 

 

だから

 

 

たまには

ちょっと前を向いて

 

 

みようかと

 

 

 

うまくいかなくてもいいかなって

 

 

 

また始めたらいい

 

 

 

今は、そんな気分

 

 

 

 

切り替えないとな

 

 

もうね、いい加減

切り替えないとな

わかっている

 

自分がどこがダメで

ここがいいというのも

わかっている

 

 

私と縁が薄かった身内がみんな逝去してしまった

そろそろ心を切り替えないと

 

病気も

もう諦めないと

治らない病気

それはそれって

割り切らないと

 

 

仕事も

楽しく働きたいなんて

思いだけが先行していた

 

んな訳ないじゃん

とも思うが

 

 

できることを

なんというか

やってみていくというのは

正しいと思っている

 

 

仕事だけではなく

やる人はどのような環境でもやれるし

やらない人は

 

何かしらのいい訳を得意として

何もしない

 

 

そういうのには

もう辟易だけど

 

 

そういった人間がいなくなることはない

 

 

でも

そういった世の中の

様々な靄っとした事柄は

 

 

私の心が原因なのか・・・な

なんて思った

 

 

気にしなければいいのか

もっと

できる人間は、そもそもそんな事柄は

気にもしないのか・・・

 

 

って

ぐるぐる思考が廻っているいる時点で

 

アウトだよな

 

 

ダメだ・・・

自分がダメだ

 

 

奮い立たせていくだけの

エネルギーも気持ちも

今は

ゼロだ

 

 

 

 

 

 

 

 

心乱れる時には必死の仕事を

 

 

心が乱れる

 

きちんと一人の時間を持てなくなったりすると

キツイ

 

自由な時間は必要

 

 

そして

何もかもの束縛は

辟易する

 

 

頭悪いんじゃない?

とすら思えてしまう

 

 

自分の時間

きちんと取れない人とか

想いを巡らせられない人とか

 

 

依存してこないで欲しい

 

 

何十年も生きて来て

行きつく先はそこなのかよ

 

ついついボヤキが出てしまう

 

 

 

心乱れる時には

ただただ必死の仕事に打ち込むのが

とても良い方法に私はなっている

 

 

 

考えるとか

大事

 

 

批判否定は簡単

怒りを勝手にぶつけるのも簡単

 

でも

ただそれだけで終わる

 

 

ここまできて

必死になって生きるのも

しんどいけれど

でも、

必死もなかなかいい

 

 

そうやってしか

生活できないけれど

それでいい

 

 

生きるのに

働かないといけないし

 

 

治療費、かかるし

とにかく

出来ることをしてゆくだけ

 

 

 

とりあえず

深呼吸だ

 

 

 

あぁぁ、心が傷むよ

 

 

 

 

なんとか継続中の仕事

 

 

仕事がないと、

仕事しなくちゃっ!と

思うし

 

仕事が始まると

あぁ、辞めたい

すぐ思う

 

ダメダメな気持ち

 

 

いかんいかん

 

 

仕事しなくては

この治療費をどうにか支払って

生き延びなくてはならぬ

 

 

といっていても

気分はふらついて、

もう、いいか・・・

 

なんて

思ったりもしてしまいます

 

 

でも

それは

今、まだ

どうにか生きているからであって

 

 

その直前、間際になったら

なにがなんでも必死で生きたいと

思うのだと

わかっています

 

 

新しい仕事は

もちろん大変!

新しい業務、知らない人間関係

不明な上司・・・などなど

 

 

まぁ、仕方ないね

 

 

それでも

こうして

ご縁があって、採用いただいて

なんとか

どうにか今はまだ継続できていて・・・

 

 

ありがたい

 

 

今回は

もちろん、きちんと病気の事も話して

了承を得ている

 

 

病気を申告して

じゃぁ、迷惑かけないでね

自己責任だからね

 

自分で辞めてね

言われる会社と

それでも、いいよと理解を示してくれる会社と

 

 

世の中っていろいろある

 

 

 

現時点で

理解も認知度も低い病気なだけに

なにそれ?という反応がほぼ

 

 

今回の人事部の方は

病気のこと知らないのですが、

どういう環境ですかと

聞いてくださった

 

 

説明をしたところで

理解はされないけれど

通常ではないということで

その上の方まできちんと話を通して

くださっていた

 

 

辞めたくもなるけれど

もう少し

できるだけ

やってみようと

思っている

 

 

もちろん、

体調優先

辛いまま業務はできない

それこそ、支障をきたしてしまう

 

 

自分の身体と向き合って

これからも進もう